【東レ×パナソニック コネクト】サプライチェーンのグローバルトレンドから浮かび上がる、顧客起点で共創するSCM変革の重要性
日本の製造業の衰退が叫ばれるなかで、現在でも高い国際競争力を維持し続けているのが、「材料・素材」の領域だ。なかでも、軽量かつ丈夫な「炭素繊維」は、航空・宇宙産業やモビリティ産業を中心に今後も世界的に需要が増加し、市場の拡大が期待されている。
そんな炭素繊維の世界シェアナンバー1を誇るのが東レだ。今回、同社の上席執行役員 繊維事業本部副本部長 グローバルSCM事業部門長石井一氏をお招きして、 サプライチェーンのグローバルトレンドをテーマに対談を実施。戦略的パートナーであるユニクロと協業して実現したサプライチェーン改革についてもお話を伺った。聞き手は、パナソニック コネクト株式会社 シニアエグゼクティブアドバイザーの前平克人が務めた。
石井一
東レ株式会社 上席執行役員 繊維事業本部副本部長 グローバルSCM事業部門長
1960年生まれ。1983年慶應義塾大学経済学部卒業。同年東レ入社。国内テキスタイル営業からキャリアをスタートし、タイのテキスタイル子会社を経て、1999年から5年半の間、故前田勝之助名誉会長秘書を務める。以降、マレーシア子会社取締役、機能製品部門長、2013年からGO推進室長としてユニクロ事業を担当、2014年グローバルSCM事業部門長、2020年上席執行役員・繊維事業副本部長に就任し現職。
前平克人
パナソニック コネクト株式会社 シニアエグゼクティブアドバイザー
20年を超えるコンサルティング活動を通じて、主にサプライチェーンマネジメント(SCM)改革を中心に、50社を超える企業の変革を支援。外資系コンサルティングファームにて、SCMコンサルティング、製造流通の戦略コンサルティング の責任者(パートナー)として、お客様の経営層と現場を繋ぎ実現できる改革の推進を実施。コンサルティング活動も含め、約40年にわたりITを経営に活用できる仕組みづくりを追及し、最近では、IoT/BigData活用をクラウド上にて実現し、お客様のデジタルトランスフォーメーションの実現に注力。また、デザイン・シンキング・コーチとして、イノベーション創出の支援を実施。2019年より、シニアエグゼクティブアドバイザーとして、お客様およびパナソニックグループ内に対する変革実現のアドバイザー職に就任。
東レの組織文化を受け継ぎ実現した、顧客起点の新たなサプライチェーン
前平:今日はお越しいただきありがとうございます。はじめに、石井さんのこれまでのご経歴について聞かせてください。
石井:1983年に東レに入社して、大阪で繊維事業の営業を11年ほどやりました。それからはタイやマレーシアの子会社などを経て日本に戻り、機能製品事業部門長、グローバルオペレーション推進室長などを務めて、2014年にはグローバルSCM事業部門長、2020年から現職です。
2013年にユニクロさんとの取引を担当することになり、それを機に担当のGO推進室※1を部門に引き上げて「グローバルSCM事業部門」をつくりました。繊維本部には、現在、我々の部門に加えて「ファイバー・産業資材」「不織布・人工皮革」「テキスタイル」の4部門がありますが、グローバルなファイバー、テキスタイルのオペレーションに香港の縫製子会社を出口として横串を通し、ワンストップサービスの提供を深化させてきました。
※1 GO推進室……GOはGlobal Operationの略。
グローバルSCM事業部門の「SCM」は「サプライチェーンマネジメント」の略ですが、同時にこの「M」には「マネジメント」だけでなく、「マーチャンダイジング」(ものづくり)と「マーケティング」の意味が含まれています。
つまり、顧客と一緒に物をつくって、一緒に売っていく。繊維事業全体の統括マネジメントを行なって、ユニクロさんとの協業を推進していくのがグローバルSCM事業部門の主な役目です。
前平:まさに「顧客起点」の組織改革ですね。
私自身もこれまでのキャリアで、様々な企業のSCMに関する戦略コンサルティングに長年従事してきました。その経験から、大企業の事業部間に横串を通すことの大変さを実感しています。東レ様においては、なぜそれを実現できたのでしょうか?
石井:いくつか要因があると思いますが、大きいのはやはりトップの意思決定だったと思います。ユニクロさんとの協業は2000年から始まりました。当時、東レの会長だった前田勝之助は「世界的に繊維産業が成長するのは間違いないが、日本では製造は六重苦、商流も長すぎて無駄が多い。このままでは世界に競り負けてしまうから、商工一体で改革に取り組まなければいけない」という強い意志を持っていました。その考えが柳井正(株式会社ユニクロ 代表取締役会長兼社長)さんと一致していたのでしょうね。
それから10年以上にわたって協業してきたため、私が担当になった時点で、すでに両社の間で深い信頼関係ができていました。また、東レは2005年にボーイング社と炭素繊維を長期供給する契約を締結しており、個別のお客様のためにサプライチェーンを構築するということにも抵抗がなくなっていました。ですから、トップが振る旗に従って10年以上かけて土壌を整えてきたうえで満を持して、顧客起点でSCM改革を行った。こういう見方もできるわけです。
前平:東レ様は素材メーカー、ユニクロ様は最終製品を販売するアパレルブランドです。その間のサプライチェーンには、さまざまな企業がグローバルで関わっていると思います。どうやってユニクロ様が求める「無駄のないサプライチェーン」に応えたのでしょうか?
石井:もともと東レには、原糸を基点に、次工程を一つの産業としてサプライチェーンを形成するDNAがありました。
1950年代にナイロンの量産を始めた際、天然繊維に割り込んで新素材の市場を切り開くのにものすごく苦労したと聞いています。最終製品をつくるために、紡績、織布、染色、縫製などのサプライチェーンに関わるすべての会社が、見たこともない素材を扱うことになるわけです。
そこでナイロンをつくるための「生産系列」、今でいう「プロダクションチーム」をつくり、繊維産業にかかわる何百社を集めて勉強会を開催しました。一方で、見たこともない素材を消費者に販売していくための勉強会も必要になり、商社や小売りも参加し、欧米の流通情報なども提供して「セールスチーム」も形成されました。こうしてみんなで一緒になって知恵を出し合い、ナイロン製品の新しいサプライチェーンをつくったのですね。そういう歴史が東レにはあります。
それからもう一つ、東レは1971年に香港にあるTAL社に資本参加しました。同社はもともとサプライチェーンにおける「川中」の紡績会社ですが、「川上」の合繊から「川下」の縫製までをつなぎ、生産はフリートレードゾーンや適地での生産で分業し、最終製品を欧米先進国で販売するという壮大な計画を立てていました。
結局、小売も自分たちで手掛ける出口戦略は失敗し、第一次オイルショックに見舞われたこともあって赤字が累積して、東レが経営に直接参加することになります。TAL社が有していた紡・織・染の各地の拠点は、マレーシアやタイ、インドネシアなどの東南アジアが中心でした。それらを東レが事業として大切に育てたことが、現在の繊維事業グローバルオペレーションの基盤となっています。
前平:なるほど。企業間の垣根を超えてサプライチェーンを構築する文化がもともとあり、アジアを中心とするグローバルな供給網の基盤もあったということですね。
私は市場におけるイノベーションというのは、「インベンション」(発明品)、「インサイト」(潜在ニーズを捉える力)、「オペレーション」(供給方法)の3つが揃って初めて起こせるものだと思っているのですが、日本の多くのメーカーは「インベンション」を偏重し、残りの2つを軽視してしまっているように感じます。
その点、東レ様は、早期からこの3つをセットでバランスよく考えられてきた。世界的な素材メーカーへと成長できた理由の一端がわかりました。
アメリカで目の当たりにしたSCMの進化と、日本への危機感
前平:話は変わりますが、2022年9月にアメリカ・シカゴに本部を置く、世界最大のSCMの専門家団体「ASCM」の年次総会が3年ぶりに開催されて、私も参加してきました。セッション数は101、展示は18社で、全世界から1000名程度参加したのですが、残念ながら私が見る限り、そのなかに日本人の姿は見受けられませんでした。
ASCMは大会の冒頭で次年度の「トップ10サプライチェーントレンド」(下記チャート参照)を例年発表しています。
驚いたのは、前年の2位から5位までの Supply Chain Talent(人材)、Visibility(見える化)、The Rise of E-commerce(eコマースの台頭)、Supply Chain Resilience(レジリエンス)の4つが姿を消していたことです。特に、TalentとVisibilityは毎年トレンドの上位に入っている課題であったため、そこに注力して各セッションを聞きました。
まず「人材」について、アメリカではSCM関連の職種(ここではSourcing/Production/Planning/Warehousing/Transportationの5つの職種)の給料がここ2年で急上昇しており、平均年収は約1350万円(1ドル140円換算)です。それに伴って離職率の低い人気職になっています。
近年のサプライチェーンの混乱に伴い経営者のトッププライオリティの課題となり、注目を浴びていることも要因の一つと考えられます。
また、シカゴの会場ではSCM専門職に対するリクルーティング活動も活発に行われていました。
この事実を知って私は強い危機感を覚えました。パナソニックグループもグローバルに事業展開していますが、日本以外のSCM専門職の方々に対し、日本基準の評価を続けていると、いずれ優秀な人材が海外企業にヘッドハンティングされてしまうのではないかと心配になりました。
石井:たしかに、SCM人材の評価と確保については東レでも課題に感じているところです。パンデミックや地政学による物流分断リスク、お客様の趣向の多様化、サステナビリティの潮流はサプライチェーンのコントロールをより複雑にしています。刻々と変化するサプライチェーンの課題に迅速な意思決定をしていくためには、個別の現場に精通した組織が必要です。そのために、全体の戦略が共有され、全体と個が一体化した「情報製造業」としての組織への変革に力を注いでいます。多様性を受け入れる組織のなかから、人材は確実に育っています。
前平:もう一つ印象的だったのが、「見える化」についての認識です。アメリカにおけるSCMの課題において「見える化はすでに目途が立ったもの」とされ、今は一歩進んで「見える化により蓄積された各種データをどう活用して、今後“Just in Case”型のSCMを構築するか」が主要のテーマになっているようです。
効率化を目指し構築された平時対応の‟Just in Time”型のサプライチェーンでは、変化の激しい今の社会に対応できなくなりつつあります。さらなる有事対応の“Just in Case”型を実現するためのツールとして、デジタル、ビッグデータ、AIへの関心が高まっているのが世界の潮流のようです。
石井: “Just in Time”と“Just in Case”は両立できるように思いますね。究極を言えば、お店で一枚シャツが売れたら、そのシャツがすぐにつくられ供給されるのが理想ですが、原糸メーカーやテキスタイルという装置産業の生産単位と小売りの販売単位を一対一、エンド・ツー・エンドで結びつけることは不可能というのが常識でした。しかしながら、AIや情報通信技術といったテクノロジーの進歩により、常識は変えられると思っています。徹底的に無駄を無くして極限のリードタイムにしていくことは条件が整えば実現できるのではないでしょうか?
たとえば、今私たちが取り組んでいるのが製造工程の一元管理化です。「コックピットシステム」というサプライチェーンの統合データプラットフォームを用いて、香港から中国、ベトナム、バングラデシュなどの各国縫製工場の作業工程を全てビジュアライズ(見える化)しました。毎時、毎週の頻度でデータを収集して分析し、誰が優れた縫製技能を有しているかを把握しています。これをテキスタイルやファイバーの上流工程に向けて同期化していくのが現在のチャレンジです。グローバルな繊維事業を「情報製造業」にすることにより、サプライチェーン全体のリードタイムを短縮し市場の変化に柔軟に対応して、お客様のご要望に応えられるような製造業になることが重要です。
前平:それは子会社だけでなく、パートナー企業も含めてですよね? おっしゃるとおり他社も巻き込んで、サプライチェーン情報をエンド・ツー・エンドで一本化するのが、効率性、安全性、継続性などのあらゆる点で理想的だと私も思います。ただ、現実にはなかなか難しい面もある。そのなかで「コックピットシステム」のような統合データプラットフォームを取引先に導入してもらい、生産や調達に関する詳細なデータを共有してもらうようにする秘訣を教えていただけませんか?
石井:やはり現場に足を運ぶことです。どういう製造プロセスにして、どう生産計画を立て、どう情報を入力するか。現場の視点で、一番わかっている人の頭の中身をシステム化することが重要です。協力工場様とは、最終のお客様視点で、お客様の要望に応え情報を一本化することが、結局はロスを最小化することで利益に繋がるということを丁寧に説明することで、ご理解いただくしかありません。その役割も我々の部門が担っています。
前平:やはり前提となるのは「現場」「現物」「現実」の三現主義。現場に足を運んで信頼を得て、リアルの情報とデジタルの世界を連動させていくことが重要なんですね。
また、本来であれば、調達部門や生産管理部門に任せてしまっているパートナー企業との理解深耕もグローバルSCM部門が自責としてやり遂げていること。これは大きな成功要因ですね。
石井: サプライチェーンのデジタル化は、先ほどのASCM「トップ10サプライチェーントレンド」の2位に入っていましたよね。実は、この10項目を事前に伺っていたので、我々としてちゃんと取り組めているのか自己チェックしてきました。
石井:このなかで近年の主要なテーマの一つになっているのが、7位の「サステナビリティ」です。東レでも、使用済みペットボトルからリサイクル繊維をつくったり、羽毛や皮革、シルクなどの動植物由来の素材を代替する素材を開発したりと、化学メーカーとしてできることから取り組んでいます。
また、5位の「ロボティクス」について言えば、縫製工程の自動化はぜひ早期に実現したい目標です。なかなか難しいのですが、最近一つヒントを得ました。今ユニクロさんの商品のなかで、襟が縫われてない商品があるのですが、樹脂で接着していて、「縫い目がチクチクしない」「見た目がすっきりしている」などお客様から好評のようです。これを突き詰めていくと、そもそも縫う必要がなくなるかもしれない。樹脂による接着であれば、自動化のハードルは大きく下がります。
前平:やはりSCMのグローバルトレンドを東レ様も敏感に感じていて、しっかり手を打たれているんですね。近年、SCMにおける「環境負荷の低減」や「人権の尊重」といったサステナビリティへの要望は急速に高まっているので、われわれも必死で取り組んでいるところです。特に環境問題については、パナソニック グリーンインパクト戦略を策定し実行しています。
他者との共創を通じてBtoB企業がたどり着いた「エンドユーザー視点の文化」
前平:ここまでいろいろとお話を伺ってきましたが、最後にものづくりにおける「共創」の意義について、あらためて石井さんのお考えを聞かせてください。
石井:やはり自社だけでは、本当にお客様の欲しているモノ・コトを実現するのは難しいと思うんですよね。新たなものは、いろんなところと一緒にやってさまざまな人と対話するなかで生まれてくる。それは研究開発のような分野だけではなくて、現場のサプライチェーンにおいても同じです。結局、自分たちだけでサプライチェーンは完結しません。他者と歩み寄りながら一緒にやっていくことが、とても大切だと思うんですね。
前平:本当におっしゃる通りだと思います。私たちも、あらゆる情報をリアルタイムで把握し、何か問題が起きたとき迅速に対応できるエンド・ツー・エンドのサプライチェーンを他社と協力して構築すべく努力をしています。また、ソリューションカンパニーとして、他社に対し、そうした理想的なSCMを実現するためのお手伝いをどんどんしていきます。
石井:最終製品を販売するユニクロさんと協業したことで一番良かったと感じているのは、縦割り組織の是正ができたことと、エンドユーザーを身近に感じられるようになったことです。製品の出来がよければ感動してくれるし、悪ければ評価されません。そうしたエンドユーザーの反応を意識する文化が根付いたことは、これまでBtoBビジネスを中心にしてきた素材メーカーの成長といえるのではないかと思います。
前平:パナソニック コネクトも構造改革を進めるため、2021年にSCMソフトウェアを提供するBlue Yonder を完全子会社化しました。私たちのセンシング技術とBlue Yonder のソフトウェアが融合すれば、よりお客様に貢献できるという判断からです。
Blue Yonder の人たちからは、新鮮な話が聞けますね。お客様の課題解決に際しても、今まで思ってもみなかったようなアイデアが出てくる。また、物流業や小売業のお客様との共創の場を通しても新たな気づきが生まれています。イノベーションを生むためにも、共創にはとても大きな効果があるんじゃないかと感じていますね。
石井:お客様の声をいかに早く開発に結びつけられるか。それが今後ますます重要になると思います。そのためにも現場では生産から小売りまで一貫して情報共有されるサプライチェーンを構築し、パートナー様との共創を深めていきたいです。お客様の声に耳を傾けて、求められるものをスピーディに提供できる組織体制をつくっていきます。
前平:まさに「顧客起点」のサプライチェーンマネジメントですね。今日は貴重なお話をたくさん聞かせていただきありがとうございました。
石井:こちらこそ、ありがとうございました。
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