【パナソニック コネクト 樋口泰行社長インタビュー】 現場から 社会を動かし 未来へつなぐ――持続可能な世界の実現に貢献する企業を目指して

パナソニック コネクト株式会社 代表取締役 執行役員 社長・CEO 樋口泰行氏
取材・文:相澤良晃、撮影:井上秀兵

パナソニックは2022年4月から、持株会社制に移行した。それにともない、パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社(以降CNS社)の事業を引き継ぐ形で「パナソニック コネクト株式会社」が発足、独立した事業会社となった。代表取締役 執行役員 社長・CEOの樋口泰行氏は、パナソニックが約8600億円で買収したサプライチェーンソフトウェア分野で高い評価を得るBlue Yonderの日本法人の会長を兼任。さらに日本国内でのビジネスが強化される見込みだ。

2017年にCNS社の社長に就任以来、さまざまな改革を実行してきた樋口氏に、これまでの取り組みの手応えと新会社の経営戦略について伺った。

「強い会社」をつくるためのカルチャー&マインド改革

――樋口さんは2017年にCNS社の社長に就任されてから、本社の東京移転を皮切りに、さまざまな改革に取り組まれてきました。この5年間、どのように会社を変えようとしてきたのか、あらためてお考えを聞かせてください。

樋口:根底にあるのは、一貫して「強い会社にしたい」という気持ちです。この20~30年のあいだ、日本ではGDPも伸びず、賃金も上がらず、経済の長い停滞が続いています。その原因のひとつには、やはり日本企業の国際競争力の低下があるように思います。

残念ながらパナソニックも例外ではなく、昔よりも世界で戦う力が落ちてきているというのが現実です。グローバル競争で生き残るためには、欧米企業のよいところを見習って、株主価値や利益を上げることにもっと貪欲な強い会社にしたい。それが社長就任以来、掲げている目標です。

	パナソニック コネクト株式会社 代表取締役 執行役員 社長・CEO 樋口泰行氏
パナソニック コネクト株式会社 代表取締役 執行役員 社長・CEO 樋口泰行氏

樋口:そして「強さ」の土台となるのが、組織のカルチャーと社員のマインドセットです。正しい事業戦略を実行するためには、正しい市場の情報とお客様の情報が常に社員間で共有されていなければいけません。

そのためには、社内のいたるところで自由闊達なディスカッションが行われるのが理想です。座席はフリーアドレスにし、社長室や役員室は撤廃。無駄な報告書や会議資料作成などの内向き仕事は極力なくし、新しいアイデアをチームで話し合える環境を整えてきました。全社的にDEI(Diversity, Equity & Inclusion)に力を入れているのも、「強い会社」になるためです。

――社内の風通しの良さを意識されているんですね。

樋口:そうですね。大前提として、社員が気持ちよく働くことで生産性はあがります。成果を上げるための働きやすさというバランスを意識して社内環境を改善してきました。そうした「職場のトーン」は、やはりトップがセッティングしなければいけません。

社長就任間もない頃、ミーティングに参加したときに、若い社員から「こちらに座ってください」と細かい座席表を見せられて驚きました。いったい、この資料を作るのに何分かけたんだと。もっと競争力をあげるために時間を使ってほしいと思いました。

ただ、たとえ無駄な作業だと思っても、担当する社員はなかなか自分から廃止すべきだとは言えませんよね。悪しき慣習は、上から変えなければいけません。

パナソニック コネクト株式会社 代表取締役 執行役員 社長・CEO 樋口泰行氏

――カルチャー&マインドが変わってきたという手ごたえはありますか?

樋口:高いモチベーションで、エネルギッシュに働く人は若手を中心にすごく増えています。ただ、その一方でマインドを切り変えられていない人も一部にはいます。そうした層も含めて、どうやって競争力に変えていくかが今後の課題になりますね。

組織カルチャーと社員のマインドが何より大切というのは、私が経営者になってからずっと変わらぬ信念です。そのため、今回の組織再編にあたっても、全社員の心を1つにして同じ方向に向かって進んでいくための指針として「パーパス(目的、意義)」を頂点としたピラミッド状の経営フレームワークを設定しました。

Panasonic Connect経営のフレームワーク
(提供:パナソニック コネクト株式会社)

樋口:「現場から 社会を動かし 未来へつなぐ」、これが新たに掲げるパーパスです。お客様の“現場”のプロセスをイノベートするために、パナソニック コネクトが存在するということを端的に表しました。そして、パーパスの下には5つのコアバリューを定めています。

5 Core Values
(提供:パナソニック コネクト株式会社)

樋口:このコアバリューは、いわばグローバルで共感してもらうためにパナソニックグループの経営理念を今の時代に合わせて言い換えたものです。「言葉はそのままにして、意味づけを変えればいいのではないか」という意見もありましたが、言葉やコミュニケーションスタイルは時代と密接に結びついているものです。パナソニック コネクトとして発足するにあたり、言葉自体をリフレーズする必要があると考えました。

「綱領」「信条」「七精神」はパナソニックの社員にとって根本であり、大切なものです。しかし、そのままでは若い世代にはなかなか共感を得られないというのも事実です。過去に毎日朝礼で唱和していた時代もあって、これを聞くとその時代に引き戻されてしまう感覚になると嘆く社員もいます。そんな状況ですから、新しい時代を切り拓いていくための行動指針を、新たにこの5つのコアバリューとして仕立て直すことにしたのです。

――ブランドロゴも刷新されましたね。

樋口:はい。この青色は、昨年、買収したBlue Yonderのコーポレートカラーを基調としています。そして大きく描かれた「CO」は、社名のコネクト(connect)はもちろん、コ・クリエーション(co-creation)やコラボレーション(collaboration)等の頭二文字を表しており、「共創」を大切にしていくという意思表示です。

パナソニック コネクトのブランドロゴ
(提供:パナソニック コネクト株式会社)

樋口:パナソニック コネクトでは、我々が長年培ってきたテクノロジーやソフトウェア、エッジデバイスなどの技術を軸として、Blue Yonderをはじめとしたさまざまなパートナー企業と協力しながらお客様の現場に貢献する。そしてそれが最終的には全社ビジョンである「サステナブルな社会」「生活者のウェルビーイング」の実現につながる。このようなストーリーを実現したいという気持ちをブロンドロゴに込めています。

「現場から 社会を動かし 未来へつなぐ」を実現するための事業戦略

――続いて、コネクトが掲げる事業戦略について教えてください。

樋口:大きくは、以下のように「成長事業」と「コア事業」の2軸で事業戦略を推進することを考えています。

パナソニック コネクトの事業ポートフォリオ
(提供:パナソニック コネクト株式会社)

――まず、「コア事業」について教えて頂けますか

樋口:コア事業に掲げたこれらの4事業は、どの事業も事業立地が非常によく、稼ぐ力があります。たとえば、プロセスオートメーション事業で扱っている電子部品実装機や溶接機などは、新規参入が難しく、アジアの新興国などの直接競争にもさらされていません。今後もハードウェア自体で十分に勝負できると睨んでいます。

しかし、さらに収益性を高めるためには、ハードウェアにプラスアルファの価値を付加したサービスを提供していく必要があります。たとえば、メディアエンターテインメント事業では、クラウド上でライブ配信を含む映像コンテンツの制作・演出を可能とし、そのワークフローを大きく変えるサービスの提供を開始しました。

また、航空機用の電子機器を供給しているアビオニクス事業では、機内のモニター機器を販売するだけでなく、インターネットコネクションサービスを提供しています。さらに、プロセスオートメーション事業では機器が連携して生産を自動で制御できるシステムを開発していきます。

このように、強いハードウェアという土台にクラウドサービスやソフトウェアを上乗せすれば、さらに高い付加価値を生み出して、現場に貢献できるということがこの5年でわかってきました。

――では「コア事業」は、このまま伸ばしていけるとお考えですか。

樋口:コア事業をはじめ、パナソニックにはまだまだ世界で競争できる製品が数多くあります。しかし、やはり全体を俯瞰して見れば、米中のテックジャイアント、アジア新興国で台頭するモノづくり企業に挟まれて、グローバルでは苦戦を強いられているというのが実状です。

今後もパナソニックが生き残っていくためには、デジタルだけで実現される世界や、逆にコモディティ化のリスクが高いハードウェア領域での競争を避けることが重要だと考えます。そうした経営判断のもと、5年前からフォーカスを当てているのが、現場プロセス事業です。

我々が100年以上にわたって蓄積してきたモノづくりの技術と、インダストリアルエンジニアリングの知見を活かして、お客様の現場を改善する。これは長年にわたって、人とモノが動くお客様の現場と向き合ってきたパナソニックだからこそ取り組める事業です。とくにサプライチェーンの現場にはまだまだ未開拓の領域が広がっています。

パナソニック コネクト株式会社 代表取締役 執行役員 社長・CEO 樋口泰行氏

――では、「成長事業」についてはいかがでしょうか。

樋口:成長事業においても、この現場プロセスイノベーションが核になります。そのなかでも、とくにサプライチェーンにおけるソフトウェア領域に投資をします。エンドツーエンド、上流から下流までトータルで最適化できるサービスを提供する。部分的に製品やシステムを提供しただけでは、サプライチェーン全体の最適化は実現できません。そして、一度お客様のサプライチェーンにサービスを提供すると、生産性や品質が向上し続けている限り、お客様は必ず対価を払い続けてくれます。

――ソフトウェアやクラウドのサービスにさらに力を入れていくということでしょうか。

樋口:はい。継続的に収益を出せるように事業ポートフォリオを改革していきます。つまりソフトウェアやクラウドのサービスにより継続的な収益が見込めるリカーリングビジネスを育てていくということです。

例えば、Blue Yonderはリカーリング比率が約70%となっており、期初に売上の約70%が確定します。このような収益構造となれば、営業担当は新規受注だけに専念できるという、好循環が生まれます。

成長事業全体を同様の構造にすることは簡単ではありませんが、Blue Yonderという継続性のある収益エンジンが加わったので、そこをお手本に学んでいくことにより、実現不可能ではないと考えています。

いま、パナソニック コネクトのR&D部門であるイノベーションセンターでは、すべてのソフトウェアモジュールのアーキテクチャーを見直しています。Blue Yonderと全く同じ開発ツールや開発手法に統一して、パナソニック コネクトのあらゆる製品や技術がBlue Yonderと結びつくことで、とてつもなく大きなシナジーを生み出せるはずです。

パナソニック コネクト株式会社 代表取締役 執行役員 社長・CEO 樋口泰行氏

――2022年2月から樋口さんがBlue Yonderジャパンの会長を兼務されることになりました。これは、パナソニックとの融合を加速させていくためでしょうか。

樋口:はい。すでにBlue Yonderジャパンの本社は我々と同じ浜離宮ビルに移って、人材交流も活発になっています。さらにパナソニック コネクトから5名のマネジメントエキスパートがBlue Yonderに出向し、ビジネス基盤の強化にも努めています。

今後さらにBlue Yonderの技術とパナソニックの製品の融合を進めます。まずはパナソニック コネクト自身のサプライチェーンを「オートノマス化(自律化)」することが目標です。

「オートノマス・サプライチェーン」を実現して生産性が飛躍的に向上することを証明しながら、その過程でノウハウを蓄積できれば、自信を持ってその知見をお客様に提供できるようになります。最終的にはあらゆる分野のサプライチェーンを「オートノマス化」して、お客様の全体最適に貢献したい。大変ですが、やりがいのある仕事です。

パナソニック コネクトのサプライチェーン領域のコンセプト図
(提供:パナソニック コネクト株式会社)

事業を通じてサステナビリティ経営を実践し、社員のウェルビーイングに貢献したい

――今回、事業会社として独立することにより、独自の施策を打ち出しやすくなると思います。さらに改革を進められるのでしょうか?

樋口:もちろん、そのつもりです。まずは、新しい人材マネジメント制度を導入します。目玉となるのは、コネクト流のジョブディスクリプション(職務記述書)の公開。社員同士で自由に見られるようにすることで、責任感の向上、人事交流の活発化、成長促進などの効果が期待できます。

また、これまで社員の大きな負担になっていた登用選考の試験は廃止。昇進・昇格は、年次や経験に関係なく通年にわたり随時実行されるようになります。

さらに人材開発費は、大幅に増やす計画です。チャレンジしたいという社員は、全力で応援します。私自身、若い時にアメリカでMBAを取得した経験によって経営の基礎がつくられたと思っています。技術者も積極的に経営を学んで、キャリアの幅を広げてもらいたいですね。

――最近では「ESG経営」が注目されています。パナソニック コネクトではどうお考えですか?

樋口:企業が社会に貢献する方法は、大きく分けて3つあると思っています。1つ目は利益の一部を純粋に社会貢献のために寄付をするという方法。2つ目は、事業そのものが社会貢献活動であること。そして3つ目が、自社の社員のウェルビーイングに貢献することです。

ESG経営への取り組み
(提供:パナソニック コネクト株式会社)

樋口:パナソニック コネクトはこれらすべてに取り組んでいます。とくに2番目に関して、現場プロセスイノベーションはお客様がビジネスにおける環境負荷低減やCO2排出量の削減に大きく貢献するものだと自負しています。お客様のサプライチェーンが効率化されれば、CO2排出量や廃棄ロスの削減につながります。

また、3番目の自社の社員のウェルビーイングについては、育児や介護のニーズやマイノリティの人たちへの配慮に以前から取り組んでいましたが、さらに強化していきます。

――最後に今後の抱負を教えてください。

樋口:この5年間、日本企業のネックになっている、いわゆる「あるある」を取り除く作業をやってきました。その結果、パナソニック コネクトを良い会社だと言ってくれる社員が増えていることは率直にうれしいですし、オープンなカルチャーもずいぶん浸透してきたと感じています。土壌は整ってきたので、新体制で思い切り暴れます(笑)。

繰り返しになりますが、パナソニック コネクトが強い会社になり、持続可能な世界の実現に貢献していくためには、正しい戦略と健全なカルチャーの両立が必要です。事業ポートフォリオを継続性の高いものにして次世代に引き継ぎ、そして努力した社員がより報われるようなカルチャーにしていくことが自分の使命だと考えています。

外から見ても、「パナソニックは変わった」と思ってもらえるよう、さらに改革を進めていくので、どうぞご期待ください。

パナソニック コネクト株式会社 代表取締役 執行役員 社長・CEO 樋口泰行氏