環境省が運営する脱炭素経営の駆け込み寺――「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」とは

環境省が運営する脱炭素経営の駆け込み寺――「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」とは
取材・文:相澤良晃

2021年5月、国の地球温暖化対策の推進体制や施策を定める法律「地球温暖化対策推進法」の改正案が可決・成立した。 「2050年までの脱炭素社会の実現」が新たに明記されたことにより、今後ますます企業は環境に配慮した持続可能な経営を求められるようになる。「脱炭素経営」の情報発信サイト「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」を運営する環境省 地球環境局 地球温暖化対策課の岸雅明氏に、「サプライチェーン排出量」「ESG投資」「カーボンニュートラル」「SBT」などのキーワードを解説いただきながら、脱炭素経営を実践するためのヒントを伺った。

サプライチェーン全体で効率よくCO2減をめざす「グリーン・バリューチェーン」

――そもそも「グリーン・バリューチェーン」とはなんでしょうか。

岸:「グリーン・バリューチェーン」とは、サプライチェーン全体で温室効果ガス(GHG:Greenhouse Gas)の排出量削減を行う考え方のことです。 近年、「海面の上昇」「異常気象の深刻化」「野生生物の生態系破壊」など、地球温暖化に伴うさまざまな影響への危機感が高まっています。地球温暖化の大きな原因と考えられているのが温室効果ガスで、その代表が二酸化炭素(CO2)です。 地球温暖化を防止し、持続可能な社会を実現するために、いま多くの企業が、気候変動を経営課題と捉え、目標設定や再生可能エネルギーの導入などを進める「脱炭素経営」への移行を加速させています。それにともない、環境省では、企業単体だけではなく、サプライチェーン全体で効率よく温室効果ガスの排出量削減をめざす取組を含め、企業の「脱炭素経営」に役立つさまざまな情報を発信する 「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」を運営しています。

――「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」では具体的にどんな情報を発信されているのですか。

岸:「グリーン・バリューチェーン」に取り組む企業をサポートするために、「サプライチェーン排出量」の算定方法や国際的なGHG排出量削減の取組などについて紹介しています。

――「サプライチェーン排出量」について少し詳しく教えてください。

岸:サプライチェーン排出量」は、事業活動に関連するサプライチェーン全体のGHG排出量のことです。それを把握するためには、自社のみならず、原材料調達、製造、物流、販売、廃棄……など、サプライチェーンにおける様々なカテゴリーのGHG排出量を算定する必要があります。

現在、GHG排出量の算定・報告において国際的に推奨されているのが「GHGプロトコル」です。これは、米国の環境NGO「WRI(世界資源研究所)」と200を超える企業が参加する持続可能な世界への移行をめざす連合体「WBCSD」が中心となってNGOや各国政府とともに1998年に立ち上げた団体が、包括的・世界的なGHG排出の算定管理基準として策定しているものです。

「サプライチェーン排出量」の考え方と算出方法は、この「GHGプロトコル」において2011年から公開されており、具体的には、3つのScope(範囲)にわけて排出量を把握します。

サプライチェーン排出量=Scope1排出量+Scope2排出量+Scope3排出量

サプライチェーン排出量の算出方法
サプライチェーン排出量の算出方法(提供:環境省)

Scope3では「雇用者の通勤」「輸送・配送」「販売された製品の廃棄」など、さらにGHGの排出原因となる活動に応じて15のカテゴリーに分類されています。

Scope3における15種類のカテゴリー例
Scope3における15種類のカテゴリー例(提供:環境省)

ただ、サプライチェーン上の取引各社から排出量のデータを集め、このカテゴリー別に分類していく作業がなかなか大変で、多くの企業がつまずいているところです。そこで環境省では、国内の実態を踏まえたうえで、サプライチェーン排出量算定のガイドラインを作成し、「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」で公開しています。また、算定に活用可能なデータやツールも掲載しています。ぜひ、ご活用ください。

GHG排出量削減の取組は、「ESG投資」を呼び込むための経営戦略

――「サプライチェーン排出量」を算出して把握したあと、企業ではどのようにその数字が使われるのでしょうか。

岸:サプライチェーン排出量を把握すると、ビジネス全体の中で排出量が多い活動が特定でき、企業では効率的な対策に活かすことができます。具体的な例として以下のグラフを参考に見ていきましょう。

ある電機メーカーのサプライチェーン排出量サンプル
ある電機メーカーのサプライチェーン排出量サンプル(提供:環境省)

岸:これはある電機メーカーがプライチェーン排出量を算定したものです。本データから、Scope3のカテゴリー1「購入した製品(原材料)・サービス」、カテゴリー4「輸送・配送」、11「販売した製品の使用」の排出量が多いことがわかりました。

このファクトをもとに、排出割合の⼤きいカテゴリの削減対策を考えていきます。まず、カテゴリ1(購⼊した製品・サービス)の削減対策として考えられるのは、「製品の軽量化・コンパクト化」です。製品を小型化すれば、原材量が少なくて済むため、その分排出量が減ります。また小型化により輸送効率もあがり、カテゴリー4の改善にもつながります。また、使用者の利便性の改善により消費電力も抑えられます(カテゴリー11の改善)。

ほかにもカテゴリ4(輸送・配送(上流))の削減対策として考えられるのは、「モーダルシフト」です。トラック輸送から鉄道輸送への切替や、梱包材の削減など輸送⽅法・輸送物の⾒直しを進めることで対応できます。また、カテゴリ11(販売した製品の使⽤)の削減対策は、「製品の省エネ化を進めること」です。省エネ化は⾃社に新規技術を取り⼊れるなど製品開発の改善で対応できます。

このように、自社のビジネスのライフサイクルを通じた排出量が見える化されることで、優先的に取り組むべき対策が明らかになります。また、自社のみでは排出量削減に限界がありますが、サプライヤーや運送業者などの関連企業と連携することで、削減効果を高めることもできます。

――とはいえ、GHGの排出量を削減するためには、技術開発や設備導入などが必要です、企業のコスト負担が増大してしまうのではないでしょうか。

岸:たしかに、GHG排出量削減のためには、ある程度の費用も必要です。しかし、その費用は「コスト」ではなく、「投資」と考えてみてください。

ここ数年、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)という非財務情報を考慮して行う「ESG投資」が世界的に拡大しつつあります。最近では、投資家にとって、企業の業績など財務情報に加え、環境対策やサステナビリティへの取組も評価することが、リスクを回避し中長期的なリターンにつながるという考え方が浸透しつつあるのです。

日本でもESG投資額は、2016年から2018年までの2年間で4.2倍に拡大しました。GHG排出量削減の取組は、こうしたESG投資を呼び込むための経営戦略とも言えるでしょう。

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――たしかに、業績が同程度の会社が2社あれば、環境問題に積極的に取り組んでいる企業のほうにより投資が集まるのは理解できます。

岸:企業側も、GHG削減にコミットし、その取組を積極的に開示するようになってきました。

例えば、2015年にパリ協定が採択されて以降、SBT (Science Based Targets)の認定を取得する企業が増えてきています。SBTは、パリ協定の「世界の気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する」という目標と整合的な企業のGHG削減目標を認定する国際的な取組(イニシアティブ)です。

企業の設定した目標がSBTの基準を満たしていると認定されれば、SBTのホームページで社名が公開され、投資家、顧客、従業員、NPOなどの各ステークホルダーに、パリ協定と整合的に取り組む企業であると知ってもらうことができます。

――環境に配慮している企業であると国際的に認められるためにも、サプライチェーン排出量の算定は必要なんですね。

岸:そうですね。企業価値を高めることにもつながりますから、ぜひ多くの企業にサプライチェーン排出量の算定やその削減に取り組んでいただきたいですね。算定方法は複雑で、難しい部分もあるのですが、最初からあまり完璧を求めることなく、自社にとってインパクトのありそうなカテゴリから取組を進めてみるのも一案です。

サプライチェーン排出量のお話をすると、「大企業の問題。うちは中小企業だからあまり関係ない」という方が、たまにいらっしゃいます。しかし、SBT認定を取得した企業などの中には、サプライチェーン全体の脱炭素化を目指し、サプライヤーに対する目標設定や排出量算定の要請を行うところも出てきています。こうした取引先からの要請に応え、ビジネスチャンスにつなげるとの視点から、中小企業の皆さんも、例えばScope1、Scope2だけでも算定いただくなど、積極的に取り組んでいただきたいと考えています。日本企業の99%は中小企業であり、その取組のインパクトは大きいと思います。

「地球温暖化対策推進法」の改正ポイントは3つ

――2021年5月26日、国の地球温暖化対策の方針を定めた法律である「地球温暖化対策推進法」の一部改正が国会で可決されました。改正の要点を教えてください。

岸: 7回目となる今回の改正ポイントは、大きく次の3つです。

① 2050年までの脱炭素社会の実現が基本理念に

② 地方創生につながる再生可能エネルギー導入の促進

③ 企業の温室効果ガス排出量情報のオープンデータ化

1つめは、2050年までの脱炭素社会の実現が基本理念として明記されたこと。これは「パリ協定」や菅総理による2050年カーボンニュートラル宣言をふまえたもので、具体的には2050年までに我が国のGHGの排出量と、森林などに吸収される量を等しくし、GHGの排出が実質ゼロの状態である「カーボンニュートラル」を目指すものです。今回、地球温暖化対策に関する政策の継続性が法律に明記されたことになり、自治体や企業の地球温暖化対策の取組や技術研究が加速すると期待されます。

2つめは、「地方創生につながる再生可能エネルギー導入の促進」。カーボンニュートラルの実現には、太陽光をはじめとする再生可能エネルギーの利用が不可欠です。しかしその一方で、地域住民の理解が十分に得られてないなど、再生可能エネルギー事業を巡る地域トラブルが見られ、地域における合意形成が課題になっています。

こうした課題に対応するため、今回、地域で再エネ事業を行おうとする事業者は、作成した事業計画が、地方自治体が策定する地方公共団体実行計画に適合することを市町村から認定を受けることができる制度を創設しました。自治体が積極的に再エネ事業に関与することで、地域の円滑な合意形成をめざします。

そして3つめは、「企業の温室効果ガス排出量情報のオープンデータ化」です。地球温暖化対策推進法では、一定以上の温室効果ガスを排出する事業者が国に排出量を報告し、国がとりまとめて公表するという制度があります。

これまで約1万5000件の報告がありましたが、うち6割は書面によるもので、公表まで2年ほどの期間を要していました。今後、報告は原則、デジタルとし、報告を受けてから1年未満での公開を目指します。なお、開示請求は不要となり、企業の脱炭素に向けた取組を誰でも評価できるようにします。

――「カーボンニュートラル」が法律で規定されたことで、CO2削減のための設備導入の補助金なども手厚くなるのでしょうか?

岸:2050年カーボンニュートラルの実現に向け、たとえば、太陽光発電など再生可能エネルギー関連設備の導入補助金や、自治体の地域計画策定のサポートなど、企業や自治体の取組の後押しを進めていきたいと思います。

ただ、国からの資金だけではなく、やはり民間資金がうまく入っていくということも地球温暖化対策の推進には重要だと思っています。脱炭素経営に積極的に取り組んでいる企業の情報を公表するなど、民間資金が流れやすくなる仕組みも国として整えていきたいです。

――最後に、「脱炭素社会」の実現のために何が大切なのか、岸さんの考えを聞かせてください。

岸:大切なのは、化石燃料に依存しない脱炭素社会が、地球上で暮らす私たち1人ひとりにとって豊かな暮らしにつながるものとなることです。今や、企業が経営課題としてGHG削減に取り組むことは、企業価値の向上にもつながりますし、地域で再生可能エネルギーを導入することは、災害に強いまちづくりにもつながります。GHG排出削減だけではなかなか効果を実感できませんが、「脱炭素」に向けた取組を企業や地域の課題解決につなげることができれば、メリットがあるものとなると考えています。

個人的には、気候変動への取組は企業にとってリスクでもありますが、チャンスだとも思っています。対応に遅れてしまえば、商機を失ったり、企業価値を損ねたりしてしまう恐れもありますが、逆に積極的に取り組めば、そこからビジネスチャンスが生まれる可能性も大いにありえます。20年、30年スパンで考えて、自社にとっての気候変動のリスク・チャンスを考え、できるところから削減に向けた取組を始めてみてください。環境省としても、できる限りのサポートをしていきます。

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